一言の恐ろしさ
この話は、私が若い頃、マネジャー研修でその時のインストラクターが話された内容です。
一時は、教員を目指した私にとっては、衝撃的であり、今でもはっきりと覚えています。
とても良い話なので皆さんにもご紹介します。
ある小学校1年生の社会科の授業のひとコマです。
先生が、「みんな!将来は、何になりたいかな?」と質問しました。
子供たちは、みんな元気良く、目を輝かせて
「は〜いっ!僕は、お医者さんになりたいです!」
「私は、ピアノの先生になりたいです!」
「僕は、野球選手になりたい!」
と、自分の将来の夢を言っています。
しかし、一人だけ手を上げておらず、下を向いている児童がいます。
仮に石井君としましょう。
先生は、「どうした、石井!お前は、将来なりたいものは無いのか?」と問いかけたのです。
良く見ると、目を真っ赤にして涙をためているではありませんか………
石井君の家は、八百屋さんを営んでいます。
お父さんのお父さん(おじいちゃん)も八百屋さんでした。
ですから、石井君は、いつもお父さんから「おまえも八百屋を継ぐんだからな」と言われていたのです。
石井君は、「自分には八百屋になるしかないんだ」と思っていたのです。
また、石井君は、八百屋が大っ嫌いでした。
いつも、お父さんは、朝まだ暗いうちに軽トラックで市場に行きます。
お父さんが市場から帰る頃に石井君は起きるのですが、荷降ろしの手伝いをしなければなりません。
手も、洋服も泥で真っ黒になります。爪の中に泥が入り、せっかく前夜お風呂に入ったのに、その爪のままで学校に行かなくてはなりません。とてもイヤでした。恥ずかしく思っていました。
それなのに、生活は決して楽なものではありませんでした。
夜遅くオシッコがしたくて起きるとお父さんとお母さんは、色々な所への支払いに頭を悩ませていることを知っていました。
だから、石井君は、まだ小学生で欲しいものはたくさんあるのに、決してお父さんやお母さんにおねだりする事はありませんでした。そんな今の生活がイヤでたまりませんでした。
そんな時、この「将来何になりたいか?」の授業があったのです。
先生の質問に対して、仕方なく石井君は、蚊が鳴くような声で「え〜っと、ぼっぼくは、八百屋さんになります・・・・・・・」と答えました。
クラス中、大爆笑です。
「なんだよ、石井!おまえ、八百屋かよ!ダッセーッ!」
「おまえ、お父ちゃんが八百屋だからだろ!夢がねーなっ!」
「私、絶対、八百屋さんのお嫁さんになりたくないわ!」
その時、先生がこう言ったのです。
「八百屋さんか!良いじゃないか!八百屋さんが無ければ、皆の大好きなカレーライスも食べられないんだぞ!お父さんからも色々と教えてもらえるじゃないか!先生は、石井の八百屋さんになる夢は、凄い良い夢だと思うぞ!皆だって、石井が八百屋さんになったら、まけてくれるかもしれないぞ!」
そして、先生は続けてこう言いました。
「そのかわりなぁ、石井!八百屋になると決めたならば、この町一番の八百屋になれ!お父さんが作った今の八百屋さんよりも、でっかくするという夢を持て!」
石井君は、目から涙が止まらなくなり、ボロボロと泣きじゃくりました。
それから40年後。
テレビの番組で、昔お世話になった人に再会させてくれるという番組がありました。(最近、似たような番組がスタートしましたね。)
石井君は、40年前のお礼を言いたく当時の担任の先生を探したのですが、見つからないために応募したところ、運良く出演が決まったのです。
今までの経緯を話し、いよいよ先生の登場です。
二人は、感激し、抱き合いながら涙を流しました。
二人が落ち着いた頃に石井君が、先生にお礼を述べるコーナーになりました。
「先生、あの時は、本当にありがとうございました。私は、幼いながらも自分には、将来の夢は無いと思っていました。イヤでイヤでしかたない八百屋を継ぐしか自分には無いのだと。
でも、あの時、先生は、八百屋さんという職業を褒めてくださいました。
そして、この町一番になれという夢を私に与えてくださいました。
私は、その後、自ら希望し農業高校に入学し、青果について生産者の立場を学びました。卒業してからも親父の仕事を手伝いながら学び、夜は、簿記の専門学校にも通い商店の経営について勉強しました。
そして私は、今、県の青果協同組合の組合長をしております。
まだまだ、県一番の八百屋さんには、程遠いですが、ここまで来れたのも先生のあの「一番になるという夢を持て」の一言があったからです。本当にありがとうございました。」
と、言うお話です。
小学校一年生の時の先生のたった一言が、石井君の人生を変えたのです。
もしあの時、先生が「なんだ、石井。お前は、八百屋になりたいのか!お父さんが八百屋さんをやっているからと言って、八百屋になるって言うのは、夢がないなぁ。いいか、石井、お前たちは、これからな努力すれば、何にでもなれるんだ。八百屋になるなんて事、考えないでもっと大きく、夢のある仕事を目標にしろ!」なんて言っていたら、石井君はどうなっていたでしょう。
確かに、一般論としては、先生の言っていることは、間違いではないのかもしれません。
しかし、一般論は、当時の石井君には、あてはまらいのです。
【まとめ】
私たちは、人に対してどれだけ影響力を持っているだろうか。
私たちは、自分の何気ない一言で人を傷つけていないだろうか。
職業から私も先生と呼ばれることがあります。私自身、反省することばかりです。
comment
No title
特に、幼い頃に褒めてもらった事や、怒られた事は今でも鮮明に覚えてますよね^^
自分の人生に大きく影響を与える人物。。。
確実に数名いますね。。。ww
No title
読んでいて、涙が出そうになりました。
一言の影響力って凄いと思います。
何気ない一言で、励まされたり、傷ついたり。
夢を持つこと、そして実現させることさえできる。
言葉の力って凄いですね。
その分取り扱いには気をつけなくてはいけませんね。
No title
良いお話ですね。
仮名・石井君も苦しいながら、無事に成長してよかったです。
生産者の立場を学ぶことにより、より理論的に商品の見分け、良し悪しを語れる専門家になり、簿記の勉強をして、経営まで学んだということは、お父さんが苦労していた分野を克服できたのですね。
それは「この街一番の・・・」という先生がくれた目標があったから、成し得たのでしょうね。
言葉って怖いですね。モチベーションを上げることも、奈落の底へ突き落すこともできるので。
No title
一人の人間の人生を変えるほど、先生の一言って大事なんですよね。
子供って何につまずくか分からないけど、このお話のような先生がいたらホントに子供もまっすぐに育っていけますよね。
心が温かくなりました。
家庭でも、同じですよね。肯定的に何でも返してあげないといけませんね。
コメントありがとうございます
人と人の出会いって大切ですよね。
その一つ一つの出会いを大切にして、育てて生きたいものです。
ありなさんへ・gonsukeさんへ
そうなんですよね。
この事例、私自身も目が熱くなるので、めったに研修で使えなくて困っています。
言葉は、ものすごい影響力を持っているのですが、不十分なコミュニケーションのツールであることも事実だと思います。
だからこそ、慎重に使わないと。
シンシアKさんへ
このような先生に出会うことが出来た石井君は、幸せですね。
これだけの影響力を持った先生が、今はどれだけいることか......
こんにちは。
とても良いお話ですね。
私もよくある人に「言葉で人は殺せる。言葉で人を喜ばせることができる。言葉は人を幸せにできる最高の呪文にもなり、人を精神から破壊する凶器にもなる。言葉の重みを考えなさい。言葉の怖さを知りなさい。言葉の怖さを知っている人間ほど人に優しくできるんだよ」と言われたことがあります。それを聞いたとき、子どもだった私は怖くなって寝れませんでした。本当に言葉ってその人の人生をかえるくらいすごい物なんですね!
息子にも言葉の重さを理解してもらえるように教えてあげたいです。
No title
言葉って不思議なものですね。
同じこと言っても、時にはあまりに軽い言葉にもなれば、人を傷つけたり生きる勇気を与えたり、極めて重い言葉にもなる。
今回のお話、すごくよくわかります。
僕の経験に照らし合わせてみても、人生を決めるほどの大きな選択をするきっかけになったのは、尊敬する先生や信頼する友人のちょっとした一言でした。
たとえ「先生」と呼ばれる職業でなくても、何かの一言が誰かの人生を変える可能性は充分にあると思います。僕がそうであったように。
それを思うと、「何気ない一言」は恐ろしく、楽しいものですね〜。
No title
なるほど〜、と思いながら読ませていただきました。
僕の場合、影響力よりも、傷つけているのではないか?という方が響いたと言いますか・・・・・。
口が悪いものですから・・・・・なんて・・・・・。でも直らないんですよね、昔からですから。
キャラクターでごまかそうと、そういうキャラクターになれればとって思っているのですけどね。難しいです。
コメントありがとうございます
いつも微笑ましいブログを拝見しています。小さな子供の素直さを見ると、自分を含めて大人のずるさに対して、恥ずかしくなるばかりです。(反省!!)
私が思うに、「言葉は、不完全なコミュニケーション手段である」という認識を持つことだと思います。
私は、まだ写真や動画をアップしたことがありません。アップの仕方も知りません。
hikimamaさんに負けないように、研究せねば。と思っております。
ただ、どのようなものをアップすればいいのか.......
ドクエメットさんへ
いつもコメントありがとうございます。
今回のタイトルは、「一言の恐ろしさ」にしましたが、本当は、「一言の素晴らしさ」を理解していただきたかったのです。
私も今まで、数多くの素晴らしい一言によって、勇気付けられ、励まされ、今の私がここにいます。
来年の夏の予定ですが、私の北海道での恩師(小学校1年生の担任の先生)に、約40年振りの再会を計画しています。
私の人生で最初に、大きな影響を与えてくれた師です。
このような人たち、そして、その人たちの言葉無くして、今の私はないと思っています。
YAM★YAMさんへ
言葉は、コミュニケーションの不完全な手段に過ぎないと思います。
要は、自分の素直な気持ちをどのように伝えるかです。
独自のキャラクターこそ、究極のコミュニケーション手段なのかもしれません。
ただ、それに甘んじることなく、自分に足りないものを伸ばそうとする努力は、しなければならないのではないでしょうか。
No title
一言の良さであり怖さがあると思います。
日々、慎重にまた元気に子どもと接していきたいと思います。
コメントありがとうございます
私も以前、教員を目指したことがあります。
教育実習で中学1年生を担当しましたが、生徒の純粋さには、おどかされました。
言葉は、不完全だからこそ大切にしたいと思っています。


